8   海と短剣
 
 
 
 
海には、 もう、 母は非在なのだから、
我々は、明治の詩人たちのように、豆
腐や乳頭の蜜の甘さや弱さのように、
海に 《母》 を視つけ出して、ロマンチ
ックに、 にたりにたりとニヤける訳に
はいかないのだ。それは幻視だ。政府
は超能力者の抹殺を、イスラム原理主
義者にではなく、詩神原理主義者に任
命した。 抹殺とは、 相手にすること、
友だちになること、返り血を浴びなが
ら、 べっとりべっとり。 ザーメンと似
たり寄ったりで。ステキな文通欄のペ
ンパルたちが爛れていく、國家の暗号
文が私的に流通を開始する。マツリゴ
トの中枢からがリンゴの如く腐ってい
って、故に、我々はそれを 《政=腐》
と呼び慣わしたものである。 アルミ
ニュウムの鐘が、カコンとひとつ、時
刻を打ち、アルミニュウムではなくし
て《時》のほうが、腐っていくのであ
ったよ。 時間はカドミウムで、こしら
えてあったからね。そこで 《我々》 と
いう仮面をかなぐり棄てて、きみはも
う一度、海を直視するのだ。直視しな
さい、それを。海には人魚の群像ばか
りが、こちらを睨みつけている。下半
身は女性、上半身は魚、そう謂う幻獣
どものテリトリィ。 そこに、 きみの母
親は発見されるとでも言うのかい?
( きみのことだから、言うのだろう ・
・ ・ ・ ・ ・ ) きみは熱にうかされて 、
崖のエッヂから、こちらへ振りかえっ
て、『ママが、 あそこにいたよ』 と大
笑しようとする。 だが、 きみを待ちか
まえているのは、険しい顔の暗殺者た
ち。詩神を殺し終えたばかりの、生生
しいナイフが、今度はきみの気管支を
裂く。きみの咽喉から『あそこに、マ
マが、 ・ ・ ・ 』 というウヌボレた幽か
な息がもれて、きみは海に沈むのだ。
真っ逆さまにね。
 
 
 
           † 水枕ガバリと寒い海がある     三鬼
 



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