7   「へその緒」  松下真己
 
 
 
 
他人にとっては 大切なものが
自分にとっては どうでもよいもの なんて
よくある話です。
 
『フィクション』という言葉つきに
最近 めっきり 皆さん 敏感らしく
売れ行きの良い 女優の性愛告白本は
内容よりも プロフィールの写真よりも
ゴーストライターの腕前よりも
つぎの一行が すべてに優先します。
 
「これは、ノンフィクションです。」
 
さて、私・松下真己の、
実父・松下和照は平成十五年七月十三日
脳出血による突然死をしました。
享年五十四歳でした。
 
さみしがり屋の父は
土砂降りの暗い友引の日曜日を
自分の最期の時に選び
おかげで その一年で
私の戸籍から 私以外の人間は
消えてゆきました。
 
父が 暮らした家を 畳むので、と
管理人から 亡き人の私物が 届きました。
読書用のメガネとか、カメラとか、
洒落た帽子とか、山歩きのリュックとか、
要するに
他人にとっては どうでもよいもの です。
 
リュックに 父のお守りが まとめてある
ポケットがありました。
「八起」と彫られたダルマのキーホルダー。
彼の死は 九回目の起立だったのでしょうか。
それから 古ぼけた 小さい木箱。
産婦人科の名前があり
ふたをあけるまえに
それが何かを 私は 直感しました。
 
それは 私の『へその緒』でした。
私を産んでくれたひと と
早くに 離別をして
男やもめで 子どもを育てた
父には 大切なお守り だったのでしょう。
 
木箱の裏には
「自分の一代を大切に」とか何とか、
書かれてありました。
捨てる訳にも 塩辛にして食べる訳にも
行かないでしょうが。
 
他人にとっては 大切なものが
自分には どうでもよいもの なんて
よくある話です。
高校時代に 読んだ小説に
可笑しな少年が 病院で独り言をいって
暮れてゆく小説がありました。
 「 おかしなもんさ。 誰にもなんにも話さ
 ないほうがいいぜ。 話せば、 話に出て
 きた連中が現に身辺にいないのが、物
 足りなくなって来るんだから。」*
 
今日も、ぼくは散文的にちょっと笑い、
小説を書くように、焼きうどんを啜り、
詩を思い憑くように、眠りたいだけです。
 
おやすみのまえに ひとつ白状を。
ぼくは 焼きうどんは そんなに食べません。
ですから 万が一 ひょっとしたら
「これは、『フィクション』です。」
 
 
 
 
*J.D.サリンジャー『ライ麦畑でつかまえて』(野崎孝訳・白水社)より引用。
この作品の初出は『詩学』2004年3月号です。
 
 



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