SPOKEN WORDSとは?
書を読んだら、映画を観たら、街に出よう。



3    「SPOKEN WORDSをわかりたいあなたのための洋画ガイド」
 
 スポークン・ワードの「本場」はアメリカということになっています。そこでアメリカ映画に則して、スポークン・ワードを体感してみましょう。
 
 @日本語版があること
 A伝記的映画(当然劇的な脚色など入る)もしくはドキュメンタリーで、SPOKEN WORDSのアーティスト像がよくわかること。
 B具体的なSPOKEN WORDSのパフォーマンスの再現シーンがあること。
 
 以上、3つの条件で作品をえらんでみました。参考になれば、と願っています。
 
「過渡期ナイト」代表 死紺亭柳竹
2005.3月
 
 
 
『マルコムX』 
 (1992年:スパイク・リー監督、デンゼル・ワシントン主演)
 
*キング牧師とならぶ黒人公民権運動のリーダー。演説もしくはアジテーションはスポークン・ワードの重要な形式です。また、マルコムXの演説はラップのオリジネーターのひとつとされます。デンゼル・ワシントンの迫真の演技もあり、SPOKEN WORDSを体感できるでしょう。ところで、キング牧師の「映画」はなぜないのでしょう?
 
 
 
『モハメド・アリ かけがえのない日々』 
 (1996年:レオン・ギャスト監督、モハメド・アリ主演)
 
*ドキュメンタリーですが、ボクシング映画であると同時に、「ことば」の映画でもあります。それはアリが一流のチャンピオンであったとともに一流の詩人であったからです。1960年代のアメリカのカウンターカルチャーでの二大アイコンをアリとボブ・ディランとする指摘もあります。
 
“Flat like a butterfly, sting like a bee〔蝶のように舞い、蜂のように刺す〕”という彼のことばをアメリカのラップで一番有名なリリックとあげるひともいます。
 
 
   
『レニー・ブルース』 
 (1974年:ボブ・フォッシー監督、ダスティン・ホフマン主演)
 
*アメリカの伝説的な毒舌のスタンダップ・コメディアンの悲劇的な半生を描いた作品です。1950年代のアメリカは言論の自由が極端に統制されていました。アカ狩り、マッカーシズムなど保守の締めつけが強かったのです。そんななかナイトクラブという環境で、言いたいことを代弁してくれるコメディアンは大衆のスターだったのです。レニー・ブルースは、法王庁からも訴えられ、刑務所と舞台の行ったりきたり、ドラッグに溺れて死んで行きました。
 
なお、1950年代のアメリカのこの時代性がほかならぬサンフランシスコの朗読シーンのBEATの詩人たち(アレン・ギンズバーグなど)を生み出すのですが、ここで紹介すべき映画がないのが残念です。
 
同時代にレニー・ブルースとは正反対の人生を選んだスタンダップ・コメディアンの代表としてボブ・ホープをあげておきます。
 
 
 
『SLAM』 
 (1998年:マーク・レヴィン監督、ソウル・ウィリアムズ主演)
 
*日本でこの映画がもっと受容されていれば、ポエトリーに関するむだな誤解もはぶけるでしょう。
 
@スラムとは、1980年代半ばに詩人のマーク・スミスがはじめた“ポエトリースラム(詩の競技会)”の略語である。
 
Aこの“ポエトリースラム”の盛り上がりをうけて、MTVでは詩の番組が人気が出て、全米の街中のカフェに即席詩人があふれかえった。
 
B故にストリートに出自があるヒップホップの貧困街の「スラム」のMCバトルとは根本的に別のカルチャーである、と考えたほうがわかりがよい。
  
@〜Bの背景を頭に入れて、“ニューヨリカン・ポエッツ・カフェ”のポエトリーのグランドスラムを手に入れたソウル・ウィリアムズが、ある詩人(おそらく彼自身の人生も投影されている)のサクセスス・トーリーを演じるこの作品を観ればポエトリーの大まかな流れがつかめるはずです。孤高の黒人詩人ウィリアムズをみれば、ポエトリーとヒップホップの紙一重の関係もわかるでしょう。
 
 
 
『ピニェロ』 
 (2001年:レオン・イチャン監督、ベンジャミン・ブラッド主演)
 
*ピニェロは、彼が兄貴分として慕ったミゲル・アルガリンとともに、1973年ごろ「ニューヨリカン・ポエッツ・カフェ」(NPO法人)を設立した人物です。ちなみに、ニューヨリカンとは「ニューヨークのプエルトリコ人」の意味で、低所得層ながらもN.Y.の文化的バックボーンとなっているという自負を含んだラテン系の人たちの自称のようです。
 
大学でシェイクスピアを教えるアクティヴィストで詩人のアルガリンとは対照的に、ピニェロはドラッグ中毒の犯罪歴多数でありながら、詩人で俳優で戯曲家でした。ラテン系詩人のなかでピニェロはラップ、ヒップホップのオリジネーターとも呼ばれますが、ここまで紹介した映画のすべてに共通するのは、貧困と差別とそれによる犯罪から主人公がスポークン・ワードにむかうところです。
 
「ニューヨリカン・ポエッツ・カフェ」が本場とも言われる“ポエトリースラム(詩の競技会)”をはじめるのは1989年、ピニェロの死後1年のことです。
 
 
 
『8Mile』 
 (2002年:カーティス・ハンソン監督、エミネム主演)
 
*ここで最後にご紹介するのが、歴史的な“白人ラッパー”エミネムの伝記的な映画です。エミネムが画期的だった点は、「白人」は貧困と差別とそれによる犯罪とは無縁であるという「アメリカ神話」にケリを入れた点でした。実際、1975年にピニェロの出世作となった戯曲『ショート・アイズ』は、プエルトリカンやアフロ・アメリカンばかりの刑務所に「白人」が児童暴行で収監されるという筋だけでセンセーショナルとされたのです。
 
エミネムは、そのように見えないことになっている「白人」の存在を、みずからデトロイトのスラム街の白人地区と黒人地区を別ける8マイルを渡って、本来「黒人」のためのMCバトルで頭角を表すことで、実証してしまったのです。
 
ともあれ、アメリカの文脈で観た場合、社会問題に根ざした強烈な感情の発露がSPOKEN WORDSというアートの根底にあるのは断言してよさそうです。
 



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