「過渡期ナイト」ヒストリー



4    イベントレポート 「ベストオブ死紺亭柳竹」
 
 
高田馬場のBen’s Cafeで毎月第三週目の日曜日に開催されるオープンマイク。
現在は服部剛さんの司会により、ゲストとテーマ性を備えた
「ぽえとりー劇場」へ進化しています。
 
2007年11月のぽえとりー劇場、
オープンマイクのテーマは「わたしの幸せなひととき」、
ゲストコーナーは「ベストオブ死紺亭柳竹」。
 
服部剛さんが詳細なレポートを書いておられますので、
許可をいただいてここに転載します。
 
とても長く密度の濃いイベントレポートですので、
3部構成のうちの1部、2部(死紺亭さんについての文章のみ)を掲載しました。
服部さんのすぐれて暖かい感覚、
ぽえとりー劇場の雰囲気も合わせて、お楽しみください。
 
 
 
***
 
いやぁ〜今日の参加者は30人。 
今回もたくさん集まっていただきありがとうございます。 
長丁場だったのに、皆さんの言葉を味わっていたら、
あっという間に何時間もたっていました。 
さて、そんなわけでただ今新宿のネットカフェの個室にいますが、 
寝る前に1部のレポートを書いておこうかな。 
 
〜1部(オープニング)〜 
 
オープニングはイタリアの詩人
ウンベルト・サバの詩を2篇読みました。 
「悲しみのあとで」は、人生の苦悩を乗り越えた詩人が
懐かしい故郷(トリエステ)の店で妊娠した妻と食事をする
静かな幸せなひと時を描いた詩です。 
「われわれの時間」は、陽が暮れるほんの少し前の時間のなかに、
故郷の街の中で歩む人々の生の営みが(ふと 静止するかに見えて)
(不動のなかにたゆたう)という
ゆったりとした時の流れの中に幸福を見出すという 
「われわれの時間」という詩は今回の「ぽえとりー劇場」の空気を 
まず始めにつくってくれました。 
 
〜1部(本編)〜 
 
今回のトップバッターは葛西佑也さん。 
「ちいさく ちいさい ちいさくて」という詩は 
「未詳」という詩のサイトで彼の朗読も聞いたことがあり、
その時に(詩も朗読もいいなぁ・・・)と思っていたので、
生で聞くことができてとても嬉しかったです。 
しかも今月の3分トークのテーマ「幸せなひととき」に 
とても合う内容の詩でした。 
 
詩の中に出てくる「なんとか通り」をなにかを探すように
歩きながらも辿り着かないような、手の届かないような・・・ 
そんな、誰にとっても心の何処かで
感じたことのある感覚だと思いました。 
 
さまよい歩いてくたびれて家に帰ると、
写真立ての中にいる家族の写真があり、
(そこが「なんとか通り」であると思う)と結びつけ、
詩の最後の(今夜のおかずはクリームシチュー)という流れに 
まさに彼が密かに求める「幸せなひととき」が見えました。 
 
「詩人・葛西佑也」の背後には、この詩の中に出てくる
「家族の写真」がいつもあり、
そこから彼の詩世界が生まれる気がします。 
 
2篇目に読んだボードレールの「悪の華」も、 
彼が読むと自分の詩のように感じました。 
彼の感性とボードレールの感性を融合したら、
葛西佑也という詩人はどんな詩世界を描くのだろうと、
そんな可能性を想像しながら聞きました。 
 
ちなみに彼の「ちいさく ちいさい ちいさくて」という
とてもいい詩のテキストと朗読は、以下のページで聞けます。 
(画面を下にスクロールすると出てきます)
 
http://mbbs.tv/u/thread.php?id=unknown24lire&p=3 
 
楓さん(初登場)は「鳥の風格」という詩が印象的でした。 
「(自分は)きっと捨てたもんじゃない」という言葉に励まされます。
僕自身の日常は不器用ですが、
風格のある鳥のように、日常を羽ばたきたい・・・と思いました。 
「僕の脳は半年で入れ替わる」という言葉がありましたが、
「人間の細胞は2週間で入れ替わる」という話を聞いたことがあり、
2週間たてば「新しい自分」になり得るということも思い出しました。
 
わたべさん(初登場)は今回のテーマ「私の幸せなひととき」について
「気のおける友と酒を飲みつつ静かに語り合うひととき」が
幸せと話してくれました。 
 
部屋をかたずけることについての詩で、 
「ほんとうにかたずけられないのは(わたしじしんだ)」や
「ほんとうにほしいものは粗いざるの目から落ちて
この両手にはなにも残っていない」 
という誰にも共感できるフレーズが印象的でした。 
部屋の掃除をしてると、古いアルバムや日記が出てきて、
見入ってはかどらなかったりしますよね。 
「そうじ力」という本があるらしいのですが、
部屋をまとめてそうかたずけると、
運が向いてくる(入ってくる)そうです。 
いろんな意味で「空っぽ」にするのはいいことなのですね。 
 
ぐっさんは「幸せな時間は語らない、だってそこに入りたいんだもん」
という言葉が説得力がありよかったです。
朗読した詩の中では「彼女との幸せなひととき」が描かれていました。
最近聞いたある人の話で
「男が女に花束をわたす時、女が喜ぶのは 
花束の値段じゃなく、値段では言いあらわせない男の気持だ」 
というのを思い出しました。 
 
先月に続いて2回目のマルヤマさんは、
唄と朗読を交えたギター弾き語りで、
みんながマルさんの言葉と唄をよく聞いている空気を感じました。 
唄の途中で「(大地に)裸で寝ている俺がいた」というのは、
まさに自然の鼓動を唄うマルさんらしい姿と思いました。 
 
最近「求めない」という詩集が反響を呼んでいる 
詩人の加島祥造氏の「一番楽な姿勢」という詩を以前読んだ時、
「大地に仰向けに横たわるのが一番楽な姿勢」という言葉があり、 
それを読んだ僕は冬の深夜の道でそれを実際やって夜空を仰ぐと 
なんと流れ星が見えたということがあります。 
 
大地と宇宙と対話する・・・
マルさんの唄からそんな波動を今回も感じました。 
 
佐藤しょうこさん(初登場)は、旅の楽しい気分が伝わる 
メルヘンチックな詩で(いきている波の歌声)が
聞こえてくるような描写でした。 
旅先のタイで天使のベールに包まれた体験を詩で語ってくれました。 
 
ラビットファイターさんはモーヌさんの詩と即興詩で、 
今回もいろいろな「音の無い情景」が垣間見えました。 
即興も朗読もやるごとに冴えてきている感じです。 
「(意気込んで)早く走っている男と
  ぼくの早さがあまりかわりなくて」 
というところが印象に残りました。 
 
石井さん(初登場)は
(「赤い靴」歌って〜とせがむと、
 おばあちゃんの目から塩が吹き出した) 
これはすごいですねぇ〜・・・ 
詩の中に「いじめ」についてふれるところがありましたが、
いじめというものも、昔と今では違ってきている印象があります。 
今の時代の若い学生さんは、
心の中の本音を語れずにいるような気がします。 
だから心に言葉をためこむよりも、
詩で表現したりする場には価値があると思います。 
 
1部の最後に僕の詩を読ませていただきました。 
 
朗読前に「詩と出逢うという幸福」について、 
萩原朔太郎の「月に吠える」の序文を引用して読みました。 
 
   詩とは、我々と親しみ安い兄妹や愛人のようなものである。 
   私どもは時々、不具な子供のやうないぢらしい心で、 
   部屋の暗い片隅にすすり泣きをする。
   さういふ時、ぴったりと肩に寄り添ひながら、
   震へる自分の心臓の上に、やさしい手をおいてくれる乙女がある。
   その看護婦の乙女が詩である。 
 
   私は詩を思ふと、烈しい人間のなやみとそのよろこびとをかんずる。 
 
           (中略)
 
   詩はただ、病める魂の所有者と孤独者との寂しいなぐさめである。 
   詩を思ふとき、私は人情のいぢらしさに自然と涙ぐましくなる。
 
     (「萩原朔太郎詩集」(岩波書店)より引用。) 
 
この序文を読み終えたあと僕は 
「(自分の心臓の上に、やさしい手をおいてくれる乙女)が 
いたらいいなぁ〜・・・ 」と思わず言うと、 
聞いてる皆さんは笑ってくれましたが、
ほんとうに、そんなひとがいたら幸せだよなぁ〜 
 
さてさて・・・朗読した詩に話を変えて・・・
 
「 無 」という詩は(昨日あったものが今日は無い)・・・ 
それはゴミ置き場の粗大ゴミであったり、
僕が職場の老人ホームを休養している間に亡くなっていた 
ある老婆であったり、すべてのものはやがて燃やされ、
煙となって空へ還る・・・という詩です。 
 
「ウルトラマンの人形」という詩は、
先日鎌倉文学館で行われている「中原中也展」の帰りの
江ノ電の情景を書きました。 
車内で僕に「かんぱ〜い」とペットボトルを差し出す少女・・・ 
幼い日に母と乗ったこの江ノ電の
窓から落としてしまったウルトラマンの人形・・・ 
幼い日の夢であったウルトラマンにはなれなかったけど、 
僕の職場の老人ホームの小さい部屋で不安げな
認知症のお年寄りにとってのウルトラマンなら
こんなぼくでもなれるかな・・・という感じの詩です。 
 
「 無 」で語ったように(すべてのものはいつか消える)からこそ、
「ウルトラマンの人形」で語ったように、
日常のなんでもないことがささやかな幸福のように 
浮かび上がってくるのかもしれません。 
 
 
〜第2部(Best of 死紺亭柳竹)〜 
 
ここで昨夜の主役・死紺亭兄さんの登場です。 
Bestな作品を3篇読んでくれました。 
 
まずは「スーパーラッキーストライク」。 
冒頭の(何処まで続くぬかるみぞ)という言葉が、 
戦後の日本と、この地上で生き抜く者の心情を言い表しています。  
 
 
  基地の外にいる日本人は基地外 
  基地の外のキチガイ 規格外 
  アメリカ人のできそこない 
 
 
これは強烈ながら的を得た風刺かもしれません。 
煙草の銘柄の「ラッキーストライク」は 
爆弾を落として命中した時の言葉だそうです・・・ 
(というのは何年も前に死紺亭さんに聞いたのかな?) 
 
 
  何処まで続くぬかるみぞ 
  スキップでもしてやろうか 
  本当の泥沼を歩ききった犬は足跡を残さない 
 
 
詩の最後の方のこの言葉に、
喜劇人であり詩人の死紺亭柳竹という人の真骨頂を感じます。 
 
続いてこれも代表作のひとつ
「ナッシング・ゴー・ゴー・ウェスト」
これはかなりハイなテキスト&朗読です。 
 
 
  拝啓、桂枝雀!
  あなたがこの世から去りずいぶん経ちますが 
  まだまだこの世は無理解な大衆にあふれ 
  お笑いどころではありません 
  桂枝雀!あのつるっぱげのおっさん!
  桂枝雀!あの首を吊ったおっさん! 
  桂枝雀!あのバカで狂ったお笑い原理主義者! 
  
  首を吊るな〜ら〜松の木にしな〜よ〜  松に鶴とはおめでたい!
  そうさすべての笑いは西へ行く!
  ナッシング・ゴー・ゴー・ウェスト! 
 
 
この連は「喜劇と悲劇の背中合わせ」の究極が描かれています。 
 
 
  中島らも! 俺に言わせりゃアル中のアルチュール・ランボー!
  らもさんアンタ言ってた「むずかしいのは笑いとホラーや。
  いちばん簡単なのは悲劇。
  あんなん サイゴに誰を殺すかだけ考えたらええねん」
  そう言ってアンタがサイゴにジャコパスみたく死んでいった 
 
 
この中島らもの生き様も聞かせどころでした。 
故・中島らも氏にしてみれば「悲劇は簡単」かもしれませんが、
自らの死を人生の物語の最後に演じることもまた究極です。 
 
 
  すべてのアウトローはすべてを賭けて西へ行く!
  ナッシング・ゴー・ゴー・ウェスト!
  そうさ 人生は愛と笑いの夜 言ってしまえば過渡期ナイト!
   あきらめるなんて死ぬまでないから
     やっぱ 人生はスラップスティック! 
 
 
日常の悲劇のすべてを突き抜けて嘲い、
笑いの稲妻となり西へと走るエネルギーあふれるこの詩を
昨夜の死紺亭さんが読んでいた時、 
数年前にSSWSというイベントの年間チャンピオントーナメントの 
ステージに上がっていた頃の「いのちがけ」の彼の朗読が垣間見えました。
それくらいこの詩はハイであり「笑いの究極」を描いたものだと思います。 
 
ラストは死紺亭さんにとって1番思い入れのある 
「東京っていい街だな」を読んでくれました。 
 
 
  Hey,Yo! Babyちゃん
  東京って ほんとに いい街だよな
  トナリの部屋で殺しがあっても刑事さんがハナシをききにくるだけ
  関係のないふりなんて いくらでもできるさ
  お互いさまさ 俺が殺されても トナリはそうするさ
 
  Hey,Yo! Babyちゃん
  東京って ほんとに いい街だよな
  「愛」ってきいて まっさきに思い浮かべるのは
  ホストクラブ 社長の愛田武さん
  最近 自宅付近で襲われたらしいよ
  イメクラ 放尿の瀧もあれば
  おしっこ性感C.Cレモンもあるさ
  すりへった すりこぎには 丁度いいのさ!
 
  Hey,Yo! Babyちゃん
  武富士のひとって
  どうして お金を貸す時にゃ いいひとなのかな
  武富士なんかじゃ踊れやしない
  プロミスなんかぢゃ約束できない
  ほのぼのレイクは ピリピリしてる
  マルイの奴等は マルくない
 
       〜中略〜 
 
  Hey,Yo! Babyちゃん
  23時になったら どうして
  東京のNEWSばかり流すのかな?
  キックとスネアのホメーロスたち キック・スネア×2
  Kick!
  綿谷りさが
  インストゥゥゥ――ル
  蹴りたい筑紫哲也の背中
  筑紫哲也が死ぬまでにしたい10のこと
  筑紫哲也について私が知ってる2、3の事柄
  人生で必要な知恵はすべて筑紫哲也で学んだ
  猟奇的な筑紫哲也
  筑紫哲也のたったひとつの冴えたやり方
 
  Hey,Yo! Babyちゃん
  東京は日本一って ほんとかな
  どうして 東京に生まれ育ったひとほど
  伏し目がちに
  「東京には 何もないですから」っていうのかな? 
  すりへって すりへって
  いちばん すりへった 
  すりこぎが
  「東京は 日本一」って言うのかな?
 
  Hey,Yo! Babyちゃん
  どうして 東京にも
  ほんとうに 空がキレイな日が あるのかな?
  ドブネズミ みたいな 天気ばかりだったら
  とっくに みんなに 見棄てられてるのに
  どうして 東京にも 星のキレイな夜 が あるのかな?
  プラネットロックス Don’t Stop!
  プラネットパンクス Don’t Stop!
  水金地火木土天海冥→ 筑紫哲也☆
  ゴジラ モスラ メカゴジラ 筑紫哲也ラ
  ヒップでタイトでシュールなジョークと彼女の筑紫哲也
  セックスと筑紫哲也とビデオテープ
  流れよ、わが涙と筑紫は言った
  筑紫哲也は 電氣羊の夢をみるか
 
  Hey,Yo! Babyちゃん
  お酒にくわしければ 大人なのかな?
  勝手なメロで
  『オトナの怪談のぼる
   きみはまだシンデレラさ』って
  お説教できたら 大人なのかな
  満員電車で 泣くのをガマンできたら 大人なのかな?
 
  Hey,Yo! Babyちゃん
  大人はみんな言うよ
  「東京って いい街だな」
  ぼくだってなりふりかまわず言うさ
  「東京って いい街だな」
  世界の中心で 筑紫哲也と叫ぶけもの
  「アイシテル」って叫んで ノドから血が出た
  世界の中心でアイを叫ぶ筑紫哲也!
  Babyちゃん!
  東京って ほんと いい街だよな… 
 
 
朗読後のインタビューで
「東京に初めて状況した頃の印象に残る場面は?」
と聞くと
「駅で電車に乗る時が運動会みたいに感じた」
とのことで、確かに、扉が開いた車内で
椅子取りゲームのような場面もあるし、
東京でないと考えられないことかもしれません。 
 
東京は有り余るほど「物」にあふれた便利な街なのに
詩の中で東京に住む人の「東京には 何もないですから」という言葉が
「東京」という「幻想都市」をあらわしている気がします。 
 
そして故郷を遠く離れて笑いの道を志す青年の頃の死紺亭さんが、
ハードな日々の狭間で東京の星空をひとり見上げている姿が印象的です。 
 
「プラネットロックス Don’t Stop!」と繰り返される言葉に 
東京で続いてゆく日常を歩み続けるという決意を感じます。 
 
「世界の中心でアイを叫ぶ筑紫哲也!」この道化師として描いた 
筑紫哲也に、もしかしたら死紺亭さんは自分の姿を重ねていることを語らずに、
今まで人前で読んできたこの詩をこれからも読み続けるのでしょう。 
 
 



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